今回のミャンマー視察旅行の視察先や日程の調整など、
セーブ・ザ・ライフ会長のウイン・ナイン博士をはじめとする
皆様に大変お世話になりました。 |

セーブ・ザ・ライフ事務所 |
| ※セーブ・ザ・ライフ:ミャンマー政府公認のNGOで、白内障患者に対する無料治療など助けを必要としている人達への支援活動を行っています。 |
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ミャンマー支援案について、内務省の大佐等と会談しました。 |
ミャンマーを視察させていただくことのあいさつの後、セーブ・ザ・ライフの要望に沿った内容で、タチレイ地区を対象に、千葉県の農業者団体による農業技術の普及や木材加工技術の普及などを内容とする支援策を、外務省やJICA等とも連携しながら考えていること、そして、政治的にはノータッチであることなどを説明しました。
これに対し、大佐から、セーブ・ザ・ライフが組織的に活動していることを理解するとともに、ミャンマーに対する支援案の内容を聞いて嬉しく思い、歓迎する旨のあいさつに続いて、ミャンマーは、麻薬栽培撲滅に向け、国際的な支援を受けながら頑張っていること、CCDC(麻薬撲滅委員会)としては、JICA経由で日本の各省と協力したり、カラモジア(ミャンマーで麻薬栽培撲滅の活動を行った日本のNGO)等との協力の経験もあることなどの話がありました。
しかし、CCDCとしてセーブ・ザ・ライフと一緒に仕事をしたことはないので、政府機関としては、それなりの手続き(NGO活動を開始する場合、活動分野について中央委員会に提案し、農業・灌漑省等の各メンバーとの協議が必要)が必要であり、今回、手続をとる時間的余裕がないことから、タイ国境に近いタチレイへ組織的な活動の目的を持って行くことは遠慮してほしい旨の話がありました。
ウイン・ナインさんから、これまでは事前の電話一本で了解が得られていたこと等を説明しましたが、大佐からは手続き上の問題を盾に色よい返事をもらえませんでした。以前は、ウイン・ナインさんがキン・ニュイ前首相と親しかったこともあり、電話一本で済んでいたことが、2004年10月の政変によりキン・ニュイ氏が失脚したことに伴い、正式な手続きを踏まなければならなくなったためです。
これにより、当初、主要な視察先として予定していたタチレイに行くことは不可能となってしまいましたが、タチレイ以外のマンダレーやイェーウは保健省の管轄であるので、内務省としては何のコメントもする立場にないということでした。 |
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白内障患者に対し無料治療を行っている現場であるイェーウのミンガラーバ山寺を見学しました。 |
イェーウはマンダレーの北西約120キロメートルに位置しており、方角的にはマンダレーからそのまま真っ直ぐ進めばインドのインパールに至ります。 マンダレーからイェーウに向かう車中から眺める風景は、最初一面の水田が広がっていましたが、やがて、水田が少なく畑が増え、また、ココヤシが多くなり、乾燥地域に入ってきたことが実感できました。途中、一度降りて土壌を確認してみると、砂漠の砂という感じでした。この地域の年間降水量が約400mmしかないことに加え、住民が樹木を燃料として伐採してしまったために地肌がむき出しとなり、南国の強い紫外線の照り返しが人々の眼を痛めつけ、また、手による稲刈り時に飛び散るノギ等が眼球を傷つけることが原因となって、白内障患者が多数いるとのことでした。
政府は、大きな樹木を中心に各個体にナンバープレートを付けるなどして、樹木の伐採防止に乗り出しています(懲役・罰金刑、最悪死刑)。
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白内障患者の多くは、それほど豊かではない農民であり、病院にいくこともできず失明する人が多い状況です。セーブ・ザ・ライフは、これらの白内障患者を無料で治療しています。治療に当たっているのは、ウイン・ナインさんの弟である眼科医のウイン・フラインさんです。毎週、マンダレーから片道4時間のイェーウまで出かけ、土・日で約100名、1年間で約5千名の患者さんに、看護士さんの協力を得ながら一人で手術を施しています。お父さんも眼科医で、ミャンマー医師会の副会長を務め、また、千葉大学で基調講演を行ったこともある方で、人の上に立つ人間は、人の2〜3倍努力しなければいけないというのが持論で、現在も、マンダレーにある眼科クリニックで朝5時半から治療に当たっておられます。 |
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| 治療現場のお寺では、裸足(ミャンマーの寺院境内では裸足)になって車から降り、ウイン・ナインさんを真似てお坊さんにあいさつし、文房具や食料品、寄付金を贈呈した後、白内障の治療を行う待合室、事前処置室、手術台、術後の休憩場所等を見せてもらいました。途中、ここで手術を受けて眼が見えるようになったおばあちゃんが、ウイン・ナインさんが来るということで顔を見せ、本当に嬉しそうにあいさつしていました。 |
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イェーウでは、地元の人々から地域で学校を増設するために寄付金を募っている話を聞きました。 |
学校を建設するためには150万円が必要で、今現在集まっているのは50万円だそうです。例えば、自分を含め定年退職後の人々の能力を生かすNGOの活動の一環として、ミャンマーの学校の開設・運営に携わり、時には、日本語や自分が身につけてきた技術・知識をミャンマーの子供達に教えることは非常に魅力的に思え、新現役の会の活動方向とも合致しているのではないかと考えます。
また、千葉県の農業者団体が設置しようとしている農業技術普及実証農園は、もちろんミャンマーの農業技術研修生を対象とするが、同時に、日本からの子供達を受け入れ、日本より厳しい環境の下でミャンマーの子供達と一緒に農作業を体験させることなどにより、日本の子供達に対する教育の場としても有意義に利用できると考えます。 |
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メイミョーにある盲学校を訪れました。 |
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マンダレーの北東方向へ車で約2時間走った、海抜約1,100mの高原の町メイミョーは(メイミョーとタチレイは気候条件なども似ているという話である)、士官学校の町でもあり、若い士官達が町を歩き回っていました。また、途中で軍のIT大学を見たのだが、赤と金色を基調とした近代的な大規模な施設には、目を見張らされました(写真を撮ることは禁止されているため紹介できず残念です)。 |
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盲学校では、最初にイェーウのミンガラーバ山寺と同じように、お坊さんの校長先生(彼も盲人)にあいさつし、お土産と寄付を渡し、その後、生徒達の自立を目的とした、民族音楽演奏、点字を読む訓練、点字本の製作など学習の様子を見せてもらいました。彼らの場合、白内障の患者と違って、生まれつきの病気などが原因で目が見えなくなった者が大半であるそうです。また、盲学校のこのような取組は、お寺、軍、警察など地元関係者の協力の下、寄付金を拠所に維持されているそうです。 |
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日本大使館に農林水産省(農村振興局)から派遣されている佐藤和重二等書記官を訪問しました。 |
支援内容案を簡単に説明し、佐藤さんから、国費投入を伴う支援(ODAによる農業インフラ整備)については、経済制裁の問題があるので、ミャンマー単独に対する支援は難しいのではないか、メコン流域(中国雲南省、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー)に対象を広げた企画とした方が良いのではないか。また、農業技術の普及や研修生の受入などの人的交流なら問題はないとのアドバイスをいただきました。
我々としても、農業技術普及や研修生の受入などのソフト的な支援から始める計画であること、また対象地域もミャンマーだけではなくタイやベトナム等も視野に入れていることを説明し、これからの御指導をお願いして大使館を後にしました。
なお、我々のミャンマー視察旅行と時を同じくして、日本から岩永農林水産副大臣一行がミャンマーを訪れ、ソー・ウイン首相らを訪問するとともに、農業・灌漑相と、技術、人的資源開発、優良品種育成、市場の確保等に関する相互協力について話合っています。 |
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セーブ・ザ・ライフと同じフロアに事務所があるミャンマー女性企業者協会(MWEA)を訪問しました。 |
 幹部の方は不在でしたが、事務局職員の案内で活動内容等の説明を受けました。MWEAは、企業家としてのミャンマー女性について、@団結促進と役割及び 可能性の喚起A情報・意見交換の場づくりB国内外の女性協会との連携強化等を促進することを目的に1995年に設立され、定例会、講演、セミナー、ワークショップの開催、マイクロクレジットの実施、海外商業・貿易博覧会への会員の派遣等の活動を行っています。MWEAの活動などを見ると、ミャンマーにおいては、海外の状況を余り知らず井の中の蛙的な軍人達に比較して、一部の女性たちの方が海外研修に取り組むなど活発な活動を行っているようです。 |
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