◇欧米が「力の文明」なら、江戸期には「美の文明」があった。生活は質素で、資源循環というエコノミカルな生活スタイルも、外国人の目には美しかった。日本が理想郷にみえた。
はたして日本人はどれだけ幸せになったのか。―江戸時代に来日した外国人が書いた記録を読むと、そんなことを考えさせられる。17世紀のドイツ人・ケンペル、18世紀のスウェーデン人・ツュンベリー、19世紀のオランダ人・シーボルト…。
「日本人の顔には、幸福感があふれていたと書いています。冗談好きでよく笑った。親切で陽気な国民にみえた」と評論家の渡辺京二さんは言う。子どもの「天国」で、女性ものびやかであったという。上下関係も親密なものに映った。封建社会の暗い印象とはかけ離れていた。
「日本の庶民は上流階級のマナーを身につけているとも感心した。『こんな幸せな文明もあるんだな』と彼らは内省する目を持ったのです」
何より「美」を感じた。田園風景は美しかった。手入れが行き届き、まるで庭園そのものだった。生け垣の見事さには感嘆の声をあげた。江戸は花の都で、大名屋敷やお寺の名園が無数にあった。庭園都市に見えた。
渡辺氏は言う。「生活の中にも美がある。茶碗や手ぬぐいなど、日常の道具も趣味が洗練されている。簡素な暮らしの中に、一輪ざしの花がある。社会の上から下まで美を求め、実現していると彼らの目に映ったわけです」
ロンドン大学のタイモン・スクリーチ助教授も「外国人たちは江戸を『西欧に匹敵する国だ』と見た」と指摘する。美術史の観点から江戸期の海外交流の深さを調べ、「鎖国」という閉ざされたイメージの江戸像を打ち破っている学者である。
「最高の誉め言葉です。日本を見下さなかった。西欧とは全く異質の文明国と思った」 欧米が「力の文明」なら、江戸期には「美の文明」があった。―国際日本文化研究センターの川勝平太教授は、そんな説を唱えている。
西欧の「力の文明」に対し、江戸は「美の文明」があったと、川勝平太教授は言う。
「『力の文明』は基準を善と悪に置き、絶対真、科学的真理を追求した。それが自然科学を進歩させ、軍事力への応用をみた」
一方、江戸は270年間の平和の時代でもあった。武器さえ鉄砲から刀へと退化させた。その刀も武士の美学の象徴で、道徳や学徳を貴ぶ徳治主義が根底にあった。
「生活は質素で、資源循環というエコノミカルな生活スタイルも、外国人の目には美しかった。日本が理想郷にみえたのです」
20世紀型の大量生産、大量消費社会が行き詰まっている。現代を覆う閉塞感の根源はそこにある。 「『力の文明』の価値を媒介にしながら、『美の文明』を自覚的に再び作り上げていく時代になったと思う。江戸の文明が現代に生かせるときだ」と川勝教授は提案する。
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